暑い暑い夏の午後。学校が夏休みに入ったおかげで、平日でも七梨家には人が居る。
暑さに負けずに鼻歌を歌いながら家中を掃除しているシャオ。
その傍には、太助がそれとなしに手伝いをしている。
「すみません、太助様。お休みなのにお掃除を手伝ってくださって。」
「なに言ってんだよ、シャオだって休日じゃないか。
その、いつもいつもシャオにばっかり家事をやってもらっちゃあ申し訳無いかなって・・・。」
ほんの少しばかり照れながら太助が言葉を返すと、シャオはにこりとしてそれに答えた。
「ありがとうございます。あ、次は窓拭きお願いしますね。」
「ああ。」
太助もやはり笑顔になって、自分の担当をずんずんとやり始めた。
ちなみに他の者は掃除をしているわけではない。
那奈は翔子の家へ。ルーアンは日直で学校だ。
そして残りの二人、キリュウとヨウメイは・・・。
「ヨウメイ殿・・・。一生のお願いだ、この部屋を涼しく・・・。」
「ちょっとキリュウさん、この程度の暑さくらい耐えてくださいよ。
だいたい今は私は忙しいんです。邪魔しないでください。」
「う、うむ・・・。いや、しかし・・・。」
キリュウの部屋である。
この暑さにより、キリュウはベッドの上でグロッキー状態。
ヨウメイも夏の格好で居るが、別段暑がっている様子もない。
机の前に向かって、統天書を見てなにやら考え込んでいる。
この部屋の冷房装置は扇風機が二台、当然キリュウに向かってかけてある。
それでも、風自体は生暖かく、とても冷房装置といえるような物ではなかった。
その結果、キリュウは汗だく。服もベッドもびしょびしょの状態である。
「ヨウメイ殿〜・・・。」
「あ〜、もう、うるさい!たかだか三十度ちょっとの気温でなに弱音吐いてんですか!!」
「三十度ちょっとどころではない。四十度近くある・・・。」
キリュウが力なくも反論する。
それに反応してヨウメイが温度計を見ると、果たして四十度近くあった。
参った様にやれやれとため息をついたヨウメイだったが・・・。
「試練です、耐えましょうね。」
「そ、そんな・・・。」
にこりと笑いながらも冷たく突き放し、再び机に向かい出した。
絶望の表情を浮かべたキリュウ。ゆっくりと短天扇を開き始めた。
「こうなったら・・・なんとしてでも・・・。」
そんな呟きはヨウメイに聞こえなかった。
しばらくの後、ヨウメイはなるほどというような顔へと変わる。
「そうか!そういう事だったんだ。ふむふむ・・・。」
手をぽんと叩いたかと思うと今度はなにやら書き始めた。
統天書にではない。机に置かれた一冊のノートにである。
「・・・?ヨウメイ殿、先ほどから一体何をしている?」
強行手段に出ようとしていたキリュウだったが、ヨウメイの行動に興味を引かれた様だ。
短天扇を持つ手をベッドの上に下ろし、その状態のまま顔を横に向けて尋ねる。
「いえね、昔西洋の方で見た古代魔術のお勉強ですよ。
成功すれば、どんな願いもかなえられる様になるとか。
・・・もちろん、それなりに制限がありますが。」
「どんな願いでも・・・。この部屋を涼しくする事も可能なのか?」
キリュウにとっては真剣な願いだったが、ヨウメイにとってはくだらないと思えたらしい。
当然、どうしようもないような呆れ顔に成る。
「そんなしょーもない願いなんかしないでくださいよ。」
「だったらヨウメイ殿、涼しくしてくれ・・・。」
「嫌です!まったく、もう少し暑さに強くなろうとか努力してくださいよ。
さあてと、続き続き・・・。」
キリュウをほったらかして再び自分の事に没頭し始めるヨウメイ。
しばらくキリュウは黙ったままでいたが、やがてゆっくりと短天扇を開き始めた。
「やはり強行手段に・・・。」
「よーし!試してみるぞー!!」
キリュウの呟きをかき消す様にヨウメイが声を上げる。
と、今度はノートに魔法陣のようなものを描き始めた。
数秒でそれは仕上がり、その上に手を当てる。
「さて・・・。古代より願いをかなえつづけた悪魔、精霊達よ・・・。
長き時を経て、空の精である我の声を聞け・・・。」
「人の気も知らないでヨウメイ殿は・・・。」
夢中になっているヨウメイの後ろで、キリュウは着々と準備を進めた。
そして、もはや強行手段とやらにすぐにでも出られる状態となった。
「我の僕として、願いをかなえよ。召喚・・・」
「万象大乱。」
途端に二つの扇風機が巨大化する。当然風力等が増しただけではない。
一番影響を及ぼしたのは・・・。
「うわあっ!!」
“ガスッ”とヨウメイに当たる形となったのだ。
当然机の上の物ごと吹っ飛ばされ、ヨウメイは壁に激突する。
ドシーン!!
と、鈍い音がして、ヨウメイはそこに崩れ落ちた。
「ヨウメイ殿、頼むから部屋を涼しく・・・ヨウメイ殿?」
キリュウが声をかける。が、ヨウメイはぴくりとも動かない。
不安に成ったキリュウは、暑さのことも忘れ、急いでヨウメイに駆け寄った。
「ヨウメイ殿、ヨウメイ殿!」
必死になって揺する。すると・・・。
「う、うーん・・・。」
「おお、ヨウメイ殿!」
かすかに声を上げたヨウメイに対し、キリュウは更にヨウメイの体を揺する。
そうしているうちに、音を聞きつけたのか一階で掃除をしていた太助とシャオが部屋へやって来た。
二人とも何事かと言わんばかりな顔をしていたかと思うと、部屋を見て目を点にした。
一番に目だった巨大な扇風機がやかましく動いている。
次に目に付いたのは壁の方へと吹っ飛ばされた机その他であった。
風の影響だろうか、統天書がばららっと勢いよくめくれている。
ノートもかなりぼろぼろになっているようであった。
そして、ヨウメイを必死に揺すっているキリュウの姿が・・・。
「キリュウ、それにヨウメイ!一体何があったんだ?」
「まさか、何者かに襲われたのですか!?」
突拍子も無い事を言い出すシャオをキリュウは慌てて制し、ヨウメイを支えたまま口を開いた。
「実は、ヨウメイ殿に部屋を涼しくしてもらおうとして私が・・・済まない・・・。」
申し訳なさそうにするキリュウだったが、二人にはいまいち状況が呑みこめなかった。
「うーん・・・ありゃ?キリュウさん?」
「ヨウメイ殿!済まない、私の所為で・・・。」
「キリュウさんの所為?うっ!あ、頭が・・・。」
壁に激突した時に頭を強く打ち付けたようだ。おそらくそのショックで気絶していたのだろう。
頭を押さえるヨウメイに、太助とシャオも傍に寄る。
「とりあえずは治療しなきゃ。シャオ。」
「はい。来々、長沙!」
支天輪より長沙が呼び出され、ヨウメイの頭に駆け寄った。
戸惑いつつも、じっとするヨウメイ。
「とりあえず何処かに寝かせないと。キリュウ、扇風機元に戻してくれよ。ベッドに寝かせるから。」
「ああ、分かった。」
頭に長沙が乗っかったままのヨウメイをひょいっと持ち上げた太助。
しかし、ベッドという言葉に反応したのか、ヨウメイは嫌がった。
「嫌です!なんでキリュウさんの汗でぐっしょりなベッドの上でなんか・・・。」
「まあ、そうなんですか?だったらシーツを代えてきますね。」
するするとベッドのシーツを剥ぎ取ったかと思うと、シャオは部屋を出て行った。
残された三人。特に太助は困ったような顔をしている。
「ちょっとシャオ、それまで何処に寝かせとけばいいんだよー。」
そして太助はヨウメイを抱えたままシャオの後を追って、部屋を出て行った。
結局は散らかった部屋に一人取り残されたキリュウ。まあ、原因は彼女なのだが・・・。
「大丈夫かな、ヨウメイ殿は・・・。後でしっかり謝っておかねば。
・・・とりあえず部屋の片付けでもしておくとするか。」
改めて部屋を見回したキリュウ。
幸い壊れている家具などは無く、位置を戻すだけの作業で良かった。
ほんの数分で片付けは終わり、最後に統天書を抱えるキリュウ。
「さてと、下へ行くついでに渡すとするか。しかしヨウメイ殿は何を・・・ん?」
部屋を出ようとするキリュウの目に、見慣れない物が入った。
ヨウメイが気絶する前までに描いていた、魔法陣である。
あのショックでノートから破れてしまったのだろう。そのページだけ部屋の片隅に落ちていた。
不思議に思いつつもそれを拾い上げる。
「魔法陣か・・・。ただの落書きにしか見えないのだが・・・。」
キリュウの言う通り、丸い円の中にごちゃごちゃと文字がかかれたそれは落書きと呼んでも仕方なかった。
その文字も、とても今の字とは思えないような・・・少なくともキリュウにはまるで読めなかった。
「まあいい。とりあえずヨウメイ殿に渡してみようか。」
そしてキリュウは本と紙を片手に持ち、自分の部屋を後にした。
まだまだ部屋は暑かったのだが、どうやらそんな事は忘れてしまった様である・・・。
一階。太助、シャオ、キリュウ、ヨウメイの四人はリビングのソファーに腰掛けていた。
ついさっきまで太助とシャオが掃除をしていたので綺麗なもんである。
ヨウメイはヨウメイで長沙の少しの治療により、すぐに元気になった。
もちろん、下りてきたキリュウはヨウメイに必死に謝っていたが・・・。
「それにしても古代魔術・・・。なんだってそんなものを?」
「ほんと、ぜひ聞きたいですわ。」
くつろいでいる間に説明を聞いた太助はそれとなしに訊いてみた。
もちろん、シャオも一緒に興味津々な顔になっている。
「いえ、暇だったもんですからちょっと・・・。」
「暇あ?俺とシャオは掃除をしてたんだぜ。」
少しむっとして答える太助。しまった、とヨウメイは頭を掻き、改めて答えた。
「失礼しました。ちょっと昔の知識を掘り起こしてみたんです。
なんでも願いをかなえるという魔法を・・・。」
「「なんでも願いを?」」
太助とシャオは一緒になって聞き返す。
それに反応するかのように、キリュウが横から口を開いた。
「そうだ、確かにそう言っていた。
それで部屋を涼しくしてもらおうなどといったら、ヨウメイ殿が馬鹿にしてな。」
キリュウが何気なしに怒っている様に見えたのか、太助とシャオは口を閉じた。
すると、ヨウメイがまたまた呆れた顔になる。
「馬鹿にして当たり前ですよ。そんなもん、この私だってできるんですから。」
「だったらけちけちせずにしてくれれば良いではないか。どんなに私がつらかったか・・・。」
「夏は暑くて当たり前なんです!それに耐えられないキリュウさんがいけないんですよ。」
そこで皆だんまりとなった。話を戻そうと、しばらくして太助が口を開く。
「それでヨウメイ、どんな魔法なんだ?願いをかなえる魔法って事か?」
「いえいえ、そうじゃないんです。過去にいろんな願いをかなえつづけてきた、
悪魔や精霊といった類のものを召喚して・・・という魔法だったんですけどね。」
魔方陣を描いた紙をひらひら見せながら、じろりとキリュウを睨むヨウメイ。
その視線に慌てて顔をそむけるキリュウ。
「でもヨウメイさん、何でも願い事をかなえるというのはどうも・・・。」
「え?どうしてですか?」
なにやら深刻そうに言うシャオに、思わずヨウメイは身を乗り出した。
それに答える様に、太助が喋り出す。
「前に親父から『魔法のランプ』なんて物を送られてきてな。
それをこすると出てくる魔人に、どんな願いでも三つかなえてくれる。
っていう物だったんだけどさ・・・。」
「へえ、そんなものが・・・。あれ?なにかそれで不都合でも?」
それに対して、今度はシャオが喋り出した。
「出雲さんから聞いた話なんですけど、そういう上手い話は、大抵ろくな事にならないんです。
やはり、人から与えられるものですから。あの時だって、なんだか・・・。」
「はあ、そうなんですか・・・。」
深くは聞くのを止め、ヨウメイは座りなおす。
しばらく魔方陣を描いた紙を見ていたかと思うと、それをびりびりと破り出した。
「よ、ヨウメイ?」
「ヨウメイさん?」
「ヨウメイ殿?」
びっくりした太助達が一斉にヨウメイを見つめると、彼女は統天書をぱらっと開けた。
「深い事情があるようなので、この魔法は止めにします。
今度はもう少しきちんとしたものをする事にしますね。」
「なるほど、だったらいいよ。」
「それじゃあ、なぜ統天書を見ているのですか?」
シャオの言葉に、改めてヨウメイを見る太助達。
ヨウメイは統天書をめくりながら、それに答える。
「いえ、召喚に失敗してたんなら良いんですが、もし成功してたら・・・。」
「成功してたら?」
「・・・いえ、大丈夫の様です。私が呼び出そうとしていたものは統天書に記録されてません。
つまりは召喚されずに済んだ様です。でも、やっぱりもったいなかったかな・・・。」
統天書をパタンと閉じ、少し残念そうな顔になるヨウメイ。
太助はそれを諭すような顔になる。
「ヨウメイ、シャオも言っただろ。願いをかなえてくれるなんて、ろくなもんになりゃしないって。」
「でもね、主様。私がやろうとしてたのはリセットが利いて、
しかもご利用回数に従って福引が出きるんですよ。」
「福引・・・。」
「まあ、そうだったんですか。それは残念ですね。」
呆れ顔になる太助とキリュウをよそに、シャオは少し残念そうな顔になる。
ヨウメイもそれに共鳴するかのように肩をすくめた。
ますます呆れ顔になって、太助とキリュウは同じ事を考えた。
((どうして福引が・・・。しかも何が当たるんだ?))
しばらくそのままで時が流れる。
いいかげん休憩になったところでシャオが立ちあがった。
「さあ、お掃除の続きをしましょう。」
「ああそうだな。二人も手伝ってくれよ。」
「はい、主様。」
「なるべくなら涼しい掃除場所を・・・。」
かくして掃除が再開される七梨家。
この後にとんでもない事件が待ち構えていようとは、四人とも知る由も無かった・・・。
所変わってとある街角。
必要も無いのにふぁさぁと髪を掻き揚げている青年が歩いていた。
「まったく、こう暑いとせっかくの髪型も台無しですね。
まあ、シャオさんにこれを届けるまでは我慢するとしますか。」
一人で呟いたかと思うと、再びふぁさぁと髪を掻き揚げる。
そう、宮内出雲だ。手には水羊羹が入った箱を持っている。
例によって母親が作った品物を土産に、七梨家へと向かっているのだ。
「それにしても暑い・・・。こんな日はキリュウさんはどうしてるんでしょうかねえ。
おそらくヨウメイさんに吹雪とか呼んでもらって・・・。
でも、ヨウメイさんの性格なら、必要以上に呼んで凍らせたり、
もしくは呼ぶのを拒否して“試練です”とか言ってそうですねえ。」
呟きながらも、見事あてている所はさすがである。
やはり、女性の性格等をつかんでいるという事なのか。
と、向かいの方から一人の少年が歩いてくる姿を彼は発見した。
途端に嫌そうに顔になり、慌ててきた道を引き返そうとするが、一足遅かった様だ。
向きを変える前に、その少年が急いで走り寄ってきたのだから。
観念した様にその場で待つ。やがて少年が傍にやって来た。
「よう、出雲じゃないか。」
「野村君、呼び捨ては止めてくださいよ・・・。」
こんな暑い日を更に暑くしそうな少年、野村たかしである。
暑い夏だろうがとことん元気、いや、熱血である。
そんな彼と一緒に居ては、こちらがめいりそうだということで、出雲は嫌だったのである。
「呼び捨てでべつにいいだろ。そんな事より、シャオちゃん家に行くんだろ?
「ええそうですよ。こんな暑い日には水羊羹をと思いましてね。」
箱をチラッと見せて、更に出雲は言った。
「どうせ野村君も来るんでしょう。だったら立ち話なんて止めてさっさと行きましょう。」
「おっ、話がわかるじゃんか。さすがあ。」
「無駄に体力を使いたくありませんからね・・・。」
ポツリと呟いて、出雲は歩き出した。たかしもそれに並んで歩く。
出雲の言う体力というのは、こんな暑い中立っていたら消耗してしまう体力。
そして、たかしの相手をすることによって消耗してしまう体力の双方である。
とにかく出雲としては一秒でも早く七梨家に到着したかったのだ。
「なあ、この夏にはどっかへ行かないのか?」
「どっかって・・・。何処へ行くつもりなんですか?
言っておきますけど、私の車を使ってなんてのは却下ですよ。」
「ええー?ケチだなあ。シャオちゃんを海に誘えないじゃないか。」
「シャオさんを海へ誘うのは私ですよ。しかも二人っきりでね。」
「なにー!?そんな事させてたまるもんかあ!」
「はいはい、せいぜい頑張って・・・おや?」
結局はたかしと会話していた出雲。しかし、その途中で別のものに目がいった。
こんな日にはまず見ることができないようなもの・・・のはずである。
「おい出雲、人の話きいてんのかよ。」
「野村君、そんな事よりあれ・・・。」
「ん?」
出雲のほうを向いていたたかしだが、指を差されてそちらの方へと頭の向きを変えた。
二人が見たもの、それは人である。
しかし異様なのはその格好。明らかにこんな夏真っ盛りの時期に着る服ではない。
全身真っ黒のローブ。それこそフードも付いており、顔以外に見える場所は無い。
また、手には黒手袋をはめており、まさに黒そのものであった。
「・・・なんだ、あれ?」
「知りませんよ。とにかく関わらない方が良いかもしれませんね。
何気なく横を通ることにしましょう。」
「ああ、そうだな。」
二人の意見がばっちりあったようだ。話をするふりをしながら歩く。
しかし、その黒づくめの人間は二人の前に立ちはだかる様に道の真中で立ち止まった。
それこそ、顔を上げて正面から二人を見つめている。
さすがにこれを無視するわけにはいかず、出雲とたかしは仕方無しに顔を合わせるのだった。
「あの、どいてくれませんか?」
「そうそう、俺達これから行くとこあるんだ。」
二人がそれぞれ口を開く。すると、その黒づくめは答える代わりに別の言葉を発した。
「お二人の願いはなんだ?」
なんともドスのきいた、低いしゃがれた声である。
顔はちらりと見えたものの、老人というわけでは無いようだ。
一瞬二人は声に圧倒されたものの、ため息をつきながらも再び口を開いた。
「なんですか、いきなり。」
「そうだよ。早くどいてくれよ。」
すると黒づくめは確認するかのように言う。
「お二人の願いは、私が道をあける、これで良いかな?」
「あのねえ、あなた一体どういうつもりなんですか?」
「願いなんてそれで良いよ、早くどいてくれって。」
たかしの言葉に、ようやく黒づくめは道の端へと避けた。
不機嫌な顔になりながらも、二人はそれを横目で見ながら傍を通り抜ける。
「そうそう、言い忘れていた。願いをかなえてやったのだから魂を戴かねばな!」
吐き捨てる様に言うと、黒づくめは懐から赤い宝玉を取り出した。
二人がそれに反応した時には、もはや手遅れであった。
二人の体が、あっという間にその宝玉に吸い込まれて行く・・・。
「「う、うわああ!?」」
ほぼ一瞬と呼べる時間のうちに、二人とも道からその姿を消した。
自分のほかに誰も居なくなった道を見回して、黒づくめは宝玉を懐へと戻す。
「ふふ、後七人・・・。ふむ、これからは姿を変えるとしようか。」
黒づくめが何やら念じる・・・と、次の瞬間には出雲へと姿を変えていた。
「これなら大丈夫だな・・・ですね。ですます口調か・・・まあ仕方が無いな。」
しばらくぶつぶつと呟いていた彼だったが、やがて水羊羹入りの箱を拾い上げると歩き出した・・・。
別の場所。花織、熱美、ゆかりんという三人が七梨家へと向かっていた。
「やっぱり止めようよ、花織。涼みに行くなんて、楊ちゃんに怒られるよ。」
「だってしょうがないでしょ。二人とも家のクーラーが壊れちゃったってんなら。」
「それはそうだけど・・・。」
最初は花織の家のクーラーが壊れたのだった。暑さに耐えきれなくなった花織は親友のゆかりんの家へ。
ところが、ここでもクーラーは故障中とのこと。仕方なく二人そろって七梨家へと出発したのだった。
途中で、ヨウメイに用事があった熱美と出会い、こうして三人で歩いているというわけだ。
「いっておくけど、わたしはすぐに帰るつもりなんだから。涼むなんて迷惑だからね。」
「ええー?熱美ちゃん、そこをなんとかお願い〜。」
「そうだよ〜。このままじゃあ、あたし達暑さで倒れちゃうよ〜。」
最初は花織にたしなめていたゆかりんも、ついには一緒になってすがり始めた。
“ふう”とため息をつきながら親友二人を見ていた熱美の心中はこうである。
(楊ちゃんの事だから多分キリュウさんに“試練ですよ”なんて言って、家は暑いままなんだろうな。
だからわたし達が涼みに来たなんて言ったら、それこそ追い返されると思うんだけど・・・。)
再び二人を見る熱美。何やら目が潤んでいるその姿にほとんど何も言えず、黙ったまま歩き続ける。
そんな調子が続き、何も進展が無い様であった・・・。
しばらくして向かいからやって来た人物に目をやる熱美。
「ほらほら二人とも、遠藤先輩だよ。」
「そんなのどうだって良いじゃない。」
「お願い。楊ちゃんに頼んでよ〜。」
相変わらずの二人に呆れ顔になりながらも、熱美は出会った先輩に挨拶する。
「こんにちは、遠藤先輩。今日は暑いですねえ。」
「こんにちは、熱美ちゃん。三人で何処へ行くの?」
「七梨先輩の家へ。聞いてくださいよ、わたしはちゃんとした用事があっていくんですけど、
花織もゆかりんも不純な動機で行くんですよ。」
怒った様に乎一郎に説明する熱美。すかさず二人はそれに反応した。
「ひっどーい、不純な動機ってなによ、熱美ちゃん。」
「そうだよ。あたし達のこれだって、立派な動機だよ。」
「どこが・・・。人の家に涼みに行こうなんてのは不純なの!」
きつめの声で怒鳴る熱美。まあまあとなだめる乎一郎だったが、やはり熱美に賛同した様だった。
「あのさあ、涼みに行くんじゃなくて、何処か涼しい所へ出かけるとか。」
「そんなもん、どこがあるって言うんですか。」
すかさず反論する花織。困りだした乎一郎を助ける様に、熱美が言った。
「花織、つっかかってんじゃないの。ところで遠藤先輩はどこへ?」
「僕?僕は学校だよ。今日はルーアン先生が日直だっていうからね。」
何処からそんな情報を仕入れたのか、少しばかり唖然とする三人。
気を取りなおした頃、更に新たな人物がその場へとやって来た。それは・・・。
「出雲さん。こんにちは。」
ぺこりと頭を下げる熱美。出雲もそれにならって頭を下げる。
と、出雲の手にあった箱を見て、花織とゆかりんが出雲にすがる様に言った。
「シャオ先輩の家へ行くんですか?だったら一緒に説得してくださいよ。」
「そうそう。楊ちゃんに・・・。」
それを急いでたしなめようとする熱美と乎一郎を制し、出雲はにこやかに言った。
「良いですよ。その前に四人とも、なにかお願い事は有りませんか?」
「お願い事?」
「そうです。実は今日は誰にでも一つは願いをかなえてあげようという決まりにしましてね。
それで、会う人会う人に願いをきいているわけなんです。」
「へえー。」
感心する乎一郎。他の三人も同様であった。
素直にそれを信じ、しばらく四人とも考え込む。
しばらくして、まず花織が口を開いた。
「それじゃあ、楊ちゃんを一緒に説得してください。」
「済みませんが、今すぐできるものが良いんですが・・・。
もう一つ、四人一度に言ってください。」
妙な注文を出してきた出雲。疑う事もせず、四人は順番に口を開いた。
「ええー?それじゃあこの暑さを緩めて・・・なんて無理ですよね。」
「花織、あんたね・・・。あたしはなにか飲み物を買っていただければ。」
「わたしは、この二人の不純な動機に対して、出雲さんがビシッと言ってやって欲しいです。」
「僕は・・・別に無いです。」
うんうんと頷いていた出雲だったが、最後でずるっとこけた。
改めて乎一郎の顔を見る。
「遠藤君、そんなんじゃあ困りますよ。なんでも良いんです。
例えばルーアンさんの様子を知りたいとか。」
「ええ?そんなの無理でしょう?でも、できるんならそれが良いかな・・・。
ルーアン先生が今何をしているのか教えてください。」
「わかりました。それでは・・・。」
何やら祈るようなしぐさをする出雲。しばらくして閉じていた目を開けた。
「まず遠藤君。ルーアンさんは今日直をしていますね。」
「え?いや、そういう事が聞きたいんじゃなくて・・・。」
「次に熱美さん。え〜と、ゆかりんさんに花織さん、駄目ですよ!!不純な動機は!!」
「・・・もう終わりですか?」
こくりと頷く出雲。乎一郎も熱美もかなり不満そうだ。
しかし出雲は気にせずに次の願いへと・・・。
「ではゆかりんさん。ちょっと待ってて下さいね、ひとっ走り行って買ってきます。」
「え、ええ・・・。」
大急ぎで走り去って行く出雲。ものの一分もしないうちに飲み物を持って戻って来た。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます・・・あつっ!!」
缶入りのそれを受け取ったものの、ゆかりんはそれを落としてしまった。
そう。出雲が持ってきたのは、一体何処から買ってきたのか、ホットの飲み物だったのだ。
「ちょっと出雲さん、どういうつもりですか!」
「いくらなんでも酷すぎます!」
「こんなの、お願い事を聞いたうちに入りませんよ!」
口々に反論を始める三人。一通り聞いていた出雲だったが、やがてわなわなと震え出した。
「・・・やはりこんな面倒な事はやってられん!!」
いきなり叫んだ出雲にびくっとなる四人。
と、次の瞬間そこに立っていたのは、黒づくめの人物だった。
キッと四人を睨んだかと思うと、懐から赤い宝玉を取り出す。
「とりあえず願いをかなえてやった貴様らの魂はもらうぞ。ふんっ!」
「「「う、うわああ!!」」」
あっという間に宝玉に吸いこまれた熱美、ゆかりん、乎一郎。
一瞬の出来事に訳が分からず、花織はパニック状態に陥っていた。
「熱美ちゃん、ゆかりん、遠藤先輩・・・。あなた、何者なの!?みんなを何処へやったのよ!!」
感情的になって叫ぶ花織。しかし黒づくめはそれを無視するかのように呟いた。
「普通に接すれば良かったな・・・。まったく面倒な事をやってしまった。
やはり人間だとかいう事を考えて行動したのが良くなかったな。」
「人間・・・?あなた一体なんなのよ!!」
黒づくめ花織の叫びにようやく振り向いた。だが、それに答えるためでは無いようだ。
「後はおまえの願い。たしか暑さを緩めて・・・だったな。ふっ・・・。」
少しだけ笑うと、一瞬にしてその辺りの暑さが緩まった。いや、確かに緩まったのだが・・・。
「さ、寒い・・・。」
両手を体に回す様な格好になり、花織は両膝をついた。
そう、暑さを極端に和らげたのだ。それこそ、氷点下に・・・。
「さて、それではおまえの魂も戴くとしようか。」
「そんな、どうして・・・。」
「願いをかなえてやっただろう?取引とはそういうものだ。」
「こ、こんなの、あたしの願いと、違う・・・。さっきの、熱美ちゃん達のだって・・・。」
「願い事は慎重にするべきだという事だ。ふはははは!」
「し、七梨先輩・・・。」
花織が名前を呟いた次の瞬間には、その姿はすでに消えていた。
例の赤い宝玉に吸いこまれたのである。
「ふん、後三人か・・・。待てよ、たしか傍に三人ほどいたな。
二人は精霊だが・・・まあ、呼び出した本人も精霊だしな。よし、ならば向かうとするか。」
しばらく呟いていたかと思うと、黒づくめはその場から姿を消した。
もちろん、花織達がいた痕跡など残さぬ様に・・・。
一方七梨家。外とは違って、ここは平和であった。
相変わらず家中の掃除が続けられている。
シャオは庭を。太助はキッチン。キリュウは風呂場。ヨウメイは倉庫である。
まず庭。箒を持ってシャオが掃き掃除をしているところだ。
さっさっさっさっさ・・・。
「うーん、なかなか綺麗に成らないなあ。もう少し効率のいいお掃除方法は無いかしら・・・。」
箒が悪いのか、落ちている物が意地っ張りなのか・・・。
とにかくシャオが懸命に箒を動かしても、なかなか思うように綺麗にできないのだった。
(綺麗にしたいか・・・。)
「えっ?太助様?」
なにかが聞こえた様な気がして、手を止めてきょろきょろとするシャオ。
しかし、しばらくして“空耳だったかな”と思うと、掃除を再開した。
「あ〜ん、やっぱりあんまり綺麗にならないですう。」
(おまえの願いは、この庭を綺麗にしたいかという事なのか?)
「えっ?」
またもや手を止めるシャオ。今度は空耳ではないと確信した様だ。
先ほどとは違って、ゆっくりと辺りを見回す。
と、庭先に見なれない人物が立っているのを発見した。
全身黒づくめの・・・夏にふさわしくないような格好をした人物を・・・。
「あの、あなたは誰ですか?」
「おまえはこの庭を綺麗にしたいと願うか?」
シャオの問いに答えるでもなく、逆に質問を投げかけてくる。
戸惑っていたシャオだが、ぽけっとした顔でそれに答えた。
「ええ、なかなか綺麗にできないもんですから・・・。」
「では願いをかなえよう・・・。」
黒づくめの人物が片手を持ち上げ、指をぱちんと鳴らす。
するとぱあっと庭中が光ったかと思うと、あっという間にそこは何も無い場所となった。
そう、ただまっ平らな地面だけがそこには存在していたのだ。
当然芝生とかそういうものは一切ない。シャオが以前星神たちと作った花壇も・・・。
「な、なにを・・・。」
「どうだ?綺麗になっただろう?」
にやあっと笑いながら黒づくめは言い放った。シャオは怒るより前にショックが大きい様だ。
「何も、無い・・・。太助様にプレゼントした、花壇も・・・。
あなた、一体何をしたんですか!!」
ようやく正気に帰ったシャオ。ものすごい剣幕で黒づくめに怒鳴りつける。
「おまえの、庭を綺麗にしたいという願いをかなえてやったのだ。」
「そんな・・・。私はこんな事は願っていません!!元に、元に戻してください!!」
必死になっているシャオに対し、黒づくめは静かに答えた。
「願いは一つだけだ。さて、願いをかなえてやったのだから魂をいただこうか。」
懐からすっと赤い宝玉を取り出す。
一瞬シャオはびくっとなったものの、すぐに気を取り直して支天輪を構えた。
「来々・・・」
「無駄だ!」
ぎろっとシャオを睨む黒づくめ。その次の瞬間にはシャオは宝玉に吸いこまれる形となった。
「きゃあああ!」
カラン、と箒が地面に倒れる音と共に、シャオの姿は消えていた。
にたあっと笑う黒づくめ。そして家の中へと足を踏み入れた。
キッチン。ここでは太助が懸命に拭き掃除をしている。
本来なら最もキッチンを利用しているシャオがするはずだったのだが、あえて太助が申し出たのだった。
「へへ、シャオが見たらびっくりするくらいに綺麗にするぞ。」
鼻歌を歌いながら床を、家具を・・・。大きい物が終わると今度は食器類を・・・。
これでもかと言わんばかりにとことん綺麗にする太助。
やがて、ほとんどの事を終えた様だ。椅子に座って一息つく。
「ふう、疲れたあ。ちょっと張りきってやりすぎたかな。でもまあ、綺麗綺麗。」
キッチン内を見回してかなり御機嫌の様子。
それもそのはずだろう。ぴかぴかに光っているのだから。
「不意にシャオが見に来ないかな。そんでもって『まあ、太助様。素晴らしいですわ!』
なーんて言ったりして・・・。あはははは。」
(おまえはそれを願うか?)
「ああ、願うよ・・・誰だ!?」
突然聞きなれない声が耳に響き、慌てて立ちあがる太助。
きょろきょろと見回すも、その姿を見つける事はできなかった。
不審に思いながらも椅子に座りなおす。
「空耳かな・・・。」
少しそのまま考え込んでいると、今度はリビングの方から人が入ってきた。
「あれ?シャオ?」
そう、シャオだ。なぜかキッチンを見に来た様である。
シャオはキッチン内部を見まわし、そして告げる。
「まあ、太助様。素晴らしいですわ!」
「へ?あ、ああ・・・。」
ものすごい棒読みでわざとらしくせりふを言うシャオ。
いきなり何が起こったのか太助はいまいち理解できず、しばらくそのまま戸惑っていた。
と、シャオはすっと太助の後ろの方を指差す。
それにつられて太助が振り返った時、目の前に見知らぬ黒づくめの人物が立っていた。
「うわっ!」
いきなりの事に驚いて床に倒れる太助。
打ちつけた腰をさすりながらも、その黒づくめに尋ねる。
「あんた誰だよ。一体何処から入ってきたんだ。」
「願いをかなえられて満足かな?」
なんとも不敵な笑みを浮かべて質問とは関係無い言葉を発する黒づくめ。
それに太助ははっとなり、急いでシャオの居た所を見た。
しかしそこには誰も居ない。一瞬のうちに消え去った様に・・・。
慌てて黒づくめの方へと降り返る太助。
「一体どういう事だよ。願いって?」
「さっき願っただろう?私はそれをかなえてやったのだ。」
「願いをかなえる?あんたまさか・・・ヨウメイに呼び出されたのか?」
「ヨウメイ?まあ、結果的にはそういう事かな。
さて、願いをかなえてやったのだからおまえの魂をいただこうか。」
懐から赤い宝玉を取り出す黒づくめ。それを見て、太助は顔がこわばった。
「魂!?まさか、さっき俺が見たシャオは・・・?
ちょっと待て・・・シャオは、シャオは無事なんだろうな!!」
「庭に居た精霊の事か?この中だ。」
笑みを浮かべて目で宝玉を指す黒づくめ。
太助の顔が驚愕へと変わる瞬間、太助は吸いこまれ始めていた。
「うわああ!」
一瞬にして、キッチンも誰も居ない状態となる。
「後一人・・・。後一人願いをかなえればこの世の神は私だ!!」
ククククと笑いながら黒づくめはキッチンを後にする。次なる願いをかなえるために・・・。
風呂場。いち早く掃除を終えたキリュウはその場で涼んでいた。
「ふう、この家にこんな涼しい場所があったとは。やはり風通しが良いからかな。」
窓を全開にでもすれば、空気の流れがかなりスムーズに行われる。
一種の空気の通り道となっているので、ここはほぼ一定に風が吹いている様なのだ。
キリュウは、ついさっきまで暑さで死にかけていたとは思えないような穏やかな顔で居る。
「私の部屋もこうだと良いのだがな。
いや、それよりはもっとヨウメイ殿が素直になってくれれば・・・。」
(おまえはそれを願うか?)
「誰だ!!」
聞きなれない声により、和んでいた顔から一気に険しい表情へと変わるキリュウ。
辺りを慎重に見回したかと思うと、再びその場に座り直した。
「空耳か・・・。」
そう言いつつも、キリュウは短天扇を広げた。目をある場所からそらしながらそれを構える。
「万象・・・大乱!」
不意に脱衣場の一部が巨大化。それによってキリュウの傍へ何者かが押し出される形となった。
いきなりの事にしばらくは動かなかったそいつだが、やがてゆっくりと起きあがった。
全身黒づくめの人物である・・・。
「さすがだな。まあいい、貴様の願いをかなえてやろう。なんでも言うがいい。」
「・・・ヨウメイ殿が呼び出したのだな。まったく、失敗したといっておきながら・・・。」
呆れ顔になりながらも短天扇を慎重に構えているキリュウ。
無言のままの彼女にいらだってきたのか、黒づくめは急かし始めた。
「さっさと願いを言え。私は貴様程度に時間を費やしていられないんだ。」
するとキリュウは冷静な表情のまま黒づくめを睨んだ。
「願いをかなえる報酬として魂でも取るのだろう?だったらそんなものはしてられないな。」
以前聞いた話をぶつけるキリュウ。
あくまでも冷静な彼女に、黒づくめはかすかに震え出した。
「・・・いいだろう。ならば無理にでも願いを言わせるまでだ!」
黒づくめが“ばっ”と両手をキリュウにかざす。
と、次の瞬間にはキリュウは別の場所に居た。
いや、特別な場所ではない。七梨家のリビングだ。キリュウはそのソファーに腰掛けていた。
さっきの黒づくめの姿はもうない。何処かへ消え去ってしまった様だ。
「・・・瞬間移動を使えるということか?」
キリュウは立ちあがって、風呂場へ戻ろうとする。
と、それと入れ違いになるようにヨウメイが入ってきた。
「ヨウメイ殿!まったく、失敗したといっておきながら呼び出していたではないか。
ちゃんとしてもらわねば困るぞ。」
その言葉にヨウメイは無表情でキリュウを見る。
と、やれやれという様に頭を振った。
「なに言ってんですか、キリュウさんが呼び出せって言ったくせに。
お陰で主様達は大迷惑。ほんと嫌になっちゃいますよ。」
「なんだと?」
慌ててキリュウはヨウメイの腕をつかむ。
しかしヨウメイはそれをうるさそうに払いのけて、キッチンへと姿を消した。
不審に思ったキリュウは急いで風呂場へ。だが、そこにはすでに誰かがいる様だった。
「さっきの人物だろうか?」
慎重になりつつそこで立ち止まっていると、後ろからキリュウに声をかける人物が。
「キリュウさん!」
「シャオ殿?」
振り向いたキリュウだったが、シャオの様子に唖然としていた。
いつもの様な笑顔ではなく、悲しみに満ち溢れた表情をしていたのだから。
「ど、どうしたんだシャオ殿。」
「どうしたんだ?なにとぼけたこと言ってるんですか!
ヨウメイさんにあの人を呼び出させ、私に支天輪に帰れとか言っておいて・・・。
あんまりです!だからルーアンさんも那奈さんも・・・!!」
ついには泣き出したシャオ。
訳がわから無かったキリュウは慌てて傍に駆け寄ったが、シャオにはたかれた。
その時点でキリュウはすべてを悟った様だ。
「シャオ殿、違う。それは幻だ。」
「幻?・・・ふざけないでください!!来々、北斗七星!!」
いきなりキッと睨んだかと思うと、支天輪より北斗七星を呼び出すシャオ。
さすがのキリュウも不意をつかれ、その攻撃をまともに受けてしまった。
ドゴオオオオン!!
大音響と共に、風呂場ごと吹っ飛ばされるキリュウ。中に居た人物も一緒だった。
シャオはそれを確認すると、キリュウに聞こえるような声で叫んだ。
「さようなら、キリュウさん!」
そしてシャオは軒轅を呼び出し、何処か遠くへと飛び去って行ってしまった。
倒れたままそれを見送るしかできなかったキリュウ。
そこへヨウメイがやって来た。
「大きな音がしたかと思ったら・・・。
まあいいや、私も何処かへ行って、そして空天書へ帰ります。
そうそう、悔しいから短天扇お預かりしておきますね。」
落ちていた短天扇をひょいっと拾い上げるヨウメイ。
キリュウは慌ててそれを取り返そうとしたのだが、体の痛みに思わずうめくのだった。
「それじゃあキリュウさん、主様の怪我は自分で治すようにしてくださいね。」
意味ありげな言葉を残し、ヨウメイもまた飛翔球に乗って何処かへ飛び去ってしまった。
「主殿の怪我?」
きょろきょろと辺りを見回したキリュウは、ある場所を見てはっとなった。
そこには、瓦礫に埋もれたままの、血だらけになった太助が居るではないか!
「あ、主殿!」
体の痛みをこらえて駆け寄るキリュウ。
太助は生きてはいるものの、とても直視できるようなものではなかった。
片腕はちぎれ、顔も半分は原型をとどめていない。
一度は目をそむけたキリュウだったが、意を決して太助に向き直った。
「主殿、しっかり!」
「き、キリュウ・・・か?」
「ああそうだ。待ってろ主殿、今すぐ治療を・・・。」
言いかけてキリュウははっとなった。
普段治療を行っているシャオやヨウメイは、今しがた飛び去ったばかりではないか。
がっくりとしながらも、太助を助けなければと懸命に考える。
そんなキリュウの様子を見た太助。精一杯の笑顔を作って言った。
「キリュウ、今までさんざん好き勝手やってくれたよなあ・・・。
なんでも願いをかなえる魔人をヨウメイに呼び出させたと思ったら、後は自分のわがままし放題。
ほんと、いいかげんにしてくれって感じだったよ。」
「なっ!?そ、そんな馬鹿な!!」
驚きで言葉を返すキリュウだったが、太助は構わずに続けた。
「なあ、せめて一度くらいは俺の怪我を治すために使ってくれてもいいんじゃないか?
魔人に願ってくれよ。主殿の怪我を治してくれって・・・。」
そこで太助は激しく咳をした。口からおびただしい量の血があふれ出てくる。
「主殿!!」
ここでキリュウの頭には願いをかなえるということしかなかった。
それこそ、幻だということも完璧に忘れ、自分を見失っているのだった。
「魔人よ・・・いるのならば私の願いをかなえてくれ。
ここに居る主殿の怪我を治してくれ!!」
祈るような気持ちでキリュウが叫ぶ。
すると太助の体がぱあっと光り出し、全ての傷がみるみるうちに消え失せた。
すっかり元通りになった太助を見て、キリュウは慌てて呼びかける。
「主殿!」
「良かった、傷が治ったよ。という事で、早速貴様の魂をいただこうか?」
「なにっ!?」
突然声が変わった太助に、キリュウは思わず後ずさりした。
次の瞬間には、キリュウが居たのは風呂場だった。
何も壊れていない、掃除を終えた直後の風呂場である。
すぐ目の前には、例の黒づくめが居た。
「こ、これは・・・。」
「冷静かと思ったらそうでもなかったな。主の言う事をあっさり信じるとは。」
「やはりさっきのは幻だったのか!!」
短天扇を構えるキリュウに対し、黒づくめは宝玉を取り出しながら言った。
「幻?幼稚な呼び方だな・・・。異次元へと貴様を連れて行っただけだ。
ではいただくぞ!」
「万象大乱!」
キリュウが万象大乱を唱える。しかし何も起こらない。
「そんな力は全てこれに吸いこまれる。無駄なあがきだ・・・。」
と、気付いた頃にはキリュウは宝玉へと吸いこまれる途中だった。
「うわああ!」
ぱさっと短天扇が床に落ちる。そして風呂場にも誰も居なくなった。
「よしよし、これで準備は整った。後は呼び出した輩のみだ!」
静かに笑いながら短天扇を拾い上げる黒づくめ。
そしてヨウメイが来るであろう場所、リビングへと向かった・・・。
場所を変えて倉庫。ひいひい言いながらヨウメイが整理している。
「つ、疲れた・・・。なんで私が力仕事なんか・・・。
あ〜あ、ルーアンさんが居れば一瞬で片付くのになあ。」
ため息をついてそこに腰を下ろすヨウメイ。
暑さも手伝ってか、かなりの汗だくの様である。
「・・・喉かわいた。なんか飲みにいこうっと。」
ある程度の所でそのままにしておき、倉庫から離れるヨウメイ。
途中庭を通って行ったのだが・・・。
「箒がそのまんまだ。そっか、シャオリンさんも休憩してるんだ。
良かった、これなら怒られないよね。・・・なんで何も無いんだろう?」
庭の様子に疑問を感じたヨウメイだったが、少し首を傾げただけであった。
落ちていた箒を塀へと立て掛ける。そして家の中へと入っていった。
とりあえずキッチンへ行こうと、リビングを経由して行く。
と、ヨウメイは見なれぬ人物がソファーに座っているのを見つけた。
何やら黒づくめの人物。不信に思ったヨウメイは、急いで統天書をめくり始める。
ヨウメイに気付いたその黒づくめは、ゆっくりと立ちあがった。
「さあ、願いを言うがいい。どんな願いでも一つだけかなえてやるぞ。」
ものすごい念のこもった声。しかしヨウメイはそれを無視して統天書を読み始めた。
「・・・なるほど、キリュウさんの扇風機巨大化事件によって、別の悪魔が呼び出されたって訳ですか。
名前はリュクルゴス。その昔、ある文明を戦争の泥沼に引きずり込んだ・・・。
神によってその力を封じられていたが、今日こうして呼び出される事によってその力を取り戻した。」
ヨウメイの朗読に感心した様に頷くリュクルゴス。
にたあっと笑みを浮かべて片手をヨウメイに向けた。
「その通り。さすがは全ての知識というだけあるな・・・。
だが、肝心な事が抜けているぞ。それは・・・。」
「それは、人の願いをどんなものでもかなえる力を持つという事。
無論願いをかなえる代わりとして、かなえた相手の魂を奪う事が出来る。
奪った魂と肉体は赤い宝玉に保管され、それを自らの力へ変換できる。
ただし、かなえるべき相手は呼び出した人物の知人でなくてはならない。
また、願いをかなえるのは全部で十人。それ以上しようものなら、再び狭間の世界へと返される。」
淡々と読み続けるヨウメイ。
説明する個所を奪われて少し不機嫌になったのか、リュクルゴスは宝玉を取り出した。
「無駄なお喋りはそこまでだ。貴様の知人は全てこの中だ。
どうだ?願いを言えば助けてやるぞ。」
赤く輝くそれに一瞬目を奪われたヨウメイだったが、再度統天書を読み出した。
「なお、十人目に召喚者の願いをかなえようものなら、狭間との道を開く事が可能。
それにより、リュクルゴスと同類の悪魔が大量にこの世に押し寄せてくるだろう。
・・・なるほどね、それで次々と願いをかなえ、私の所へ来たって訳ですか。」
「私の目的を知ってしまったか・・・。まあいい、貴様がそれを知ったところで何もできはしまい。
おとなしく願いを言うしかないのだからな。」
なんとも勝ち誇った様に言うリュクルゴス。
ヨウメイはしばらく考え込んでいたが、やがて思い出したようにキッチンへと歩き出した。
「おい、何処へ行く!」
「うるさいですねえ。キッチンですよ。見て分からないなんて頭が悪い証拠ですよ。」
「な、なんだと・・・!!」
挑発した態度を取ったかと思うと、そのままキッチンへ行くヨウメイ。
そして当初の目的である水分補給を行った。
「ふう、美味しかった。やっぱり喉が乾いている時は麦茶ですねえ。」
「おい、くつろいでないで願いを言え!」
後を追ってキッチンへとやって来たリュクルゴスに、ヨウメイは麦茶を冷蔵庫へ閉まってから言った。
「嫌です。あなたはそのまま何もできずに居ればいいじゃないですか。
みんなを助け出す方法なんて、私がすぐに見つけ出しますよ。」
「貴様・・・殺す!」
ものすごい形相でヨウメイにつかみ掛かるリュクルゴス。
しかしヨウメイはそんなものに臆さずにこう返した。
「どうぞ。私を殺せば、あなたの目的は永久に達成されませんよ。」
「くっ・・・。」
おとなしく引き下がるリュクルゴス。
しかし、このままで黙っているわけは無かった。
リビングへ戻ろうとしたヨウメイの一瞬の隙をついて統天書を奪う。
「ああっ!!ちょっと、返してください!!」
「返して欲しいと願うか?」
「・・・いいですよーだ。勝手にしてくださいよ。
どうせあなたみたいなお馬鹿さんには読めない代物ですから。」
「お、おのれ・・・!!」
懐に統天書をしまいながらも激しく怒るリュクルゴス。
それに対し、ヨウメイは更に追い討ちをかけた。
「どうせ他の人の願いをかなえたって、屁理屈ごねてしょうも無いかなえ方したんじゃないですか?
ああやだやだ。これだから頭の悪い人って・・・あ、悪魔でしたね。
頭の悪い悪魔かあ。ますますおちこぼれですねえ。」
とうとうリュクルゴスの我慢も限界に達した様だ。
両手を振りかざしたかと思うと、見えない力によってヨウメイを壁に叩きつける。
ドーン!!
と、激しい音がしたかと思うと、ヨウメイは張り付けの様な格好になった。
「いい気になるなよ、小娘。たかが精霊の分際でこの大悪魔をからかうとは・・・。」
「はっ、どうせこの力も他の人から奪ったもののくせに・・・。」
「だまれ!!」
更に念をこめるリュクルゴス。と、ヨウメイを圧迫する力が増した様だ。
みしみしという音と共に、リビングの壁にひびが入り始める。
「ぐっ、うっ・・・。」
「どうだ?苦しいか?心配しなくても命までは取らない。
だが、五体満足で済むとは思うな!!」
今度はヨウメイの左腕に手を当てた。次の瞬間、バキッという鈍い音がした。
「きゃああ!!」
「まずは一つ。ふふふ・・・。」
そう、ヨウメイの左腕を砕いたのである。
傷口から流れるおびただしい量の血により、あっという間にそこは血の海と化す。
「こ、こんな程度で・・・。」
「ほう?ならばこれはどうかな?」
今度はヨウメイの両足に手を置いた。次の瞬間には両足ともが砕ける。
「うぐっ!!」
「なんだ、普段体力が無いくせにずい分と強情だな。
我慢するのも結構だが、もっと痛めつけてやってもいいんだぞ。」
もはや何も動かせないという状態のヨウメイ。
傷ついた体のまま、うんうんとうなっている・・・。
「さて、願い事は言わないのか?痛みを消してくれとか。」
「だ、誰が・・・。傷つける事しか知らない、無能の悪魔・・・。」
このごに及んでも挑発する元気は残っているようだ。
それもリュクルゴスに響いた様で、彼は怒りのあまりおもいっきり震え出した。
「貴様・・・まずはその口をつぶしてやろうか!!」
「どうぞ・・・。願い事が、言えなく、なりますが・・・。」
薄ら笑いを浮かべるヨウメイに対し、リュクルゴスは寸前で手を止めた。
悔しい笑みを浮かべながら必死に考える。どうすれば願い事が言わせられるかを・・・。
「・・・そこまで傷つけられてなぜ平気で居られる。
普通なら気絶するか降参するはずだぞ。」
「普通、なら、ね。体力と、痛みは、別物です・・・。」
「・・・・・・。」
ますます考え込むリュクルゴス。この様子では、キリュウに対して用いた方法も効かないだろう。
あの方法はかなり有効なのだが、かなりの力を使うため、確信が無ければ使うわけにはいかない。
しかし、生半可な方法ではこのヨウメイは願い事を言いそうに無い・・・。
「ふふ、やっぱり、あの話は嘘なんだ。こんな馬鹿の知性が高いはずが無い・・・。」
「!!おのれ・・・。おのれおのれおのれおのれー!!!」
頭がこんがらがっていたところにヨウメイの挑発。
さすがにこれはリュクルゴスの逆鱗に触れたようで、彼はヨウメイめがけて手刀を突き出した。
ブシュウ!!
次の瞬間には彼の手は、ヨウメイの腹、そして壁をも貫いていた。
腕をつたって大量の血が滴り落ちる。
口から血を吹きながらも、ヨウメイはゆっくりと残った片手を彼の頭の上に乗せた。
何をするかとリュクルゴスが目を上に向けたときには、頭をなでなでされていた。
「よしよし、いい子、いい子、あははは・・・ごほごほっ!!」
もはや最後の挑発の様でもある。
これによってすっかり我を失ったリュクルゴスは、これ以上はないという力を放出し始めた。
「おのれええ!!こうなったら殺してくれるわー!!」
ずぼっと手を抜くと、ヨウメイの体からぶしゅうっと血しぶきが上がる。
抜いた手と片手を合わせて構えたリュクルゴスは、聞いたことも無い様な言葉で念じ始めた。
やがて力をためおわったかと思うと、目だけが開かれている状態のヨウメイを睨む。
「これで貴様も終わりだ!!」
リュクルゴスが両手を振りかざす。その瞬間懐でなにかが砕けた。
いち早くそれに気付いた彼は慌てて宝玉を取り出す。
しかし時すでに遅し。赤い宝玉はすでに分解した後だった。
「しまった!力をこめすぎたから・・・まさか貴様はこれを狙って!?」
改めてヨウメイを見たその時には、彼女はかすかな笑みを浮かべていた。
それと同時に赤い宝玉はだんだんと光を失ってゆく。
やがて全ての光が消え失せた時、ぱあっと中からいくつもの光が飛び出した。
「ま、まて、やめてくれー!!」
懸命に叫ぶリュクルゴスだったが、それは無駄な行為だった。
いくつもの光・・・全部で九つのそれは、床に着地すると同時に人の形を取った。
そう、ここまでリュクルゴスが奪ってきた魂の数々。つまり太助達である。
「こ、ここは・・・。」
「太助の家?」
「たしか掃除をしてて・・・。」
ぼんやりとしつつも意識をはっきりしようとする面々。
その中でいち早く気をしっかりした花織が部屋の内部を見回して叫んだ。
「ああ〜、あなたは!!」
「ちっ、なんてことだ・・・。」
そう、まず目があったのはリュクルゴスだ。
悔しそうな顔をする彼は、もはや人間の顔と呼べるものではなかったが・・・。
「よくもあたし達を!・・・って、後ろの壁にいるのって・・・?」
怒鳴りかけた花織だったが、壁に張り付いている赤い人影に驚愕する。
他の面々も気を取り直した様で、花織に続いて壁を見たが・・・。
「ま、まさか・・・。」
「ヨウメイ殿・・・か?」
疑うのも無理は無い。両足と片腕を失い、更に体に穴をあけた状態で壁に張り付いていたのだから。
もはや生きている事が不思議なくらいであった。
「そんな・・・楊ちゃん、楊ちゃん!!!!」
慌てて駆け寄ろうとする花織だったが、他の皆がそれを制した。
涙目になりながらも熱美もゆかりんも必死になってそれに加わっている。
「離して!楊ちゃんが・・・楊ちゃんが死んじゃう!!」
「落ちつけ、愛原!まずはあの黒づくめを何とかしないと!」
みなが花織を押さえている間に、キリュウと出雲は二人でリュクルゴスと対峙した。
暗い顔で居るそれに対し、出雲がまず前に出る。
「ヨウメイさんをあんな姿にしたのはあなたですね。
どういう事か説明願えますか?」
「宮内殿!!」
「願う、と言ったな・・・ふふ・・・。」
にやりと笑って顔を上げるリュクルゴス。
しかし口を開く前に後ろからそれを遮るような声がした。
「私に、願いを、言わせるため、ですよ・・・。」
相も変わらず血を吐き、激しく咳き込みながら言ったのはヨウメイだった。
それを見た花織は、ますます悲痛な顔になって暴れる。
「楊ちゃん、楊ちゃん!!」
「落ちついて、花織ちゃん!」
もはや六人でも押さえられないほどである。
そんな事はお構いなしに、リュクルゴスはキッとヨウメイを睨んだ。
「貴様・・・何処まで私の邪魔をするつもりだ!!
それになぜその状態になっても生きていられる!!」
「私はしぶといんですよ。他の人達と比べて、ね。
それに、願いを言ってないでしょ?私の願い・・・ごほごほっ!!!」
ヨウメイの意外な言葉を聞いて顔が緩むリュクルゴス。
それとは正反対にキリュウと出雲はきつい顔で叫んだ。
「駄目ですよ、ヨウメイさん!」
「そうだ、魂を取られてしまうぞ!!」
しかしヨウメイは笑顔を浮かべてそれに返した。
そして静かにするように皆に目で促してリュクルゴスへと向く。
「最初に、聞いておきます。どんな、願いでも良いんですよね?」
「そうだ。貴様のおかげで、私は今普段の力は失っているが、
願いを叶える分にはそれとは関係無く無限の力が発揮できる。
つまり、どんな願いでも可能だという事だ。無論、貴様で十人目だがな。
こうなった以上、私は貴様の願いを叶えねば力が使えないままだ!」
「それを聞いて安心、しました・・・。」
再び激しい咳をするヨウメイ。もはや限界の様にも見える。
それを見て不安に成ったキリュウがこわばった顔で言う。
「ヨウメイ殿、治療なら長沙殿に頼んで・・・。」
「もう駄目ですよ。後少し経てば、私は命を落とします。つまり、もう手遅れ・・・ごぼっ!!」
どす黒い血を吐き、ヨウメイはうつろな目でリュクルゴスへ向く。
他のみんなは、固唾を飲んだままそれを見守っていた。
「さあ、願いを言え。どんな願いでも一つだけ叶えてやる。」
「今日の午後、キリュウさんが、涼しくしてくれと、私に、言いました。
その時、私が、素直に・・・涼しくして・・・いた、様にして・・・ください。」
「そんな事か?いいだろう・・・そら!!」
リュクルゴスが念じ始める。ヨウメイの言う事は、つまりは過去の記述へと戻るわけだ。
しばらくしてリュクルゴスの持つ赤い宝玉が光り始めた。
「!!?こ、これは・・・。ま、まさか!!」
「その通り。あの時、私が涼しくしていれば、扇風機の事件は起きていなかった。
つまり、あなたは召喚され・・・なかっ・・・。」
途端に周囲の様子に異常が発生し始める。
それと同時に、リュクルゴスは赤い宝玉と共に消滅し始めた。
「お、おのれ、なぜ、なぜこの私が精霊ごときに!!
もう少し、もう少しだったのに・・・!!!」
声にならない叫びを上げながら、リュクルゴスの姿が消え去る。
そして空間が揺らぎ始めた。時を逆戻る様に・・・。
「ヨウメイ殿〜・・・。」
「あ〜、もう、うるさい!たかだか三十度ちょっとの気温でなに弱音吐いてんですか!!」
「三十度ちょっとどころではない。四十度近くある・・・。」
キリュウが力なくもベッドの上で寝っ転がりながら反論する。
それに反応してヨウメイが机の傍から温度計を見ると、果たして四十度近くあった。
参った様にやれやれとため息をついたヨウメイだったが・・・。
「試練です、耐えましょうね。」
「そ、そんな・・・。」
にこっと笑いながら冷たく返したヨウメイ。しかし次の瞬間には統天書を開いていた。
「来れ、冷気!」
一瞬にして部屋の気温が下げられる。
強烈な寒さという訳ではない。涼しいという感じだ。
「おお、す、涼しい・・・。」
「まったくもう・・・。あ、キリュウさん、窓閉めてくださいよ。
ずうっと冷気を出しつづけるわけにはいかないんですから。」
「分かった。ありがとう、ヨウメイ殿。」
「いえいえ、どういたしまして。」
上機嫌になりながら窓を閉め始めるキリュウ。
その様子を見て、ヨウメイは心の中で疑問を感じていた。
(あれ?なんで素直に冷気なんて呼んだのかな。いつもの私なら・・・ま、いっか。)
頭の中のそれをかき消し、改めて机に向かったヨウメイだが・・・。
「どうした?ヨウメイ殿。」
「い、いえ、別に。キリュウさんこそどうしたんですか、いきなり傍に来て。」
「いや、何かしているのなら手伝おうかと思ってな。」
「そうですか?ではお願いしますね。
私が今やっているのは、どんな願いも叶えてくれるっていう・・・」
「待った、ヨウメイ殿。」
「なんですか?」
「そういうむしのいい話は大抵ろくな結果になりはしない。
今までそれを試して良い結果に終わった事があったか?」
「一応少しは有りますが・・・。でもキリュウさんがそう言うのならしょうがないですね。
別の研究でもすることにしましょうか。」
そして統天書の別のページを開き始めるヨウメイ。
と、とあるページで手を止めた。
「お掃除でもしましょうか。主様とシャオリンさんが二人で頑張っている様ですし。」
「なるほど、それはいい考えだな。それでは早速行くとしようか。」
二人で頷き合い、部屋を後にする。しかしその直後、
涼しくなった部屋の気温と違って、むっとした熱気にキリュウが倒れそうになる。
それをヨウメイは慌てて支えた。
「大丈夫ですか?やっぱり部屋で涼む事にしますか?」
「そうだな。二人には申し訳無いが・・・。」
「実は私も力仕事は苦手なんですよね・・・。というわけでお昼寝しましょう。」
「うむ、そうしよう。」
お互い納得した様に頷くと、いそいそと自分たちの部屋へと引き返す二人。
そして冷房がしっかりと効いた部屋で、堂々と昼寝を決め込むのだった。
ちなみにヨウメイは床。キリュウはベッドだが・・・。
「ヨウメイ殿〜、乾かしてはくれないだろうか。」
「あのね・・・。来れ、乾気!」
洗濯をした方が良いのだが、とりあえず一時凌ぎという形を取った。
かくして、ようやく寝ついた二人だったが、
後に訪れる来訪者達により、結局昼寝ができなかった事を付け加えておこう。
もちろんその来訪者達とは、出雲、たかし、花織、ゆかりん、熱美の五人である。
乎一郎はルーアンの居る学校へ行ったのである。
ヨウメイの力によって涼しくなったリビングにて、皆は出雲の持ってきた水羊羹をほおばるのだった。
≪第二十四話≫終わり
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